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ドグラ・マグラ

著者:夢野久作

Recommended:加藤祐介

紹介文

 専門書を紹介した方が良かったのではと不安と後悔に苛まれつつ、私が人生の中で最も影響を受けたであろう本の中から一冊を紹介したい。大学院を卒業し、就職して数年たった20代半ば、体験グループに参加し始めて間もない頃に出会った本である。

 その頃の私は世の中の厳しさに圧倒されていた。優秀で能力が高く、収入は私の何倍もあり、家庭や地位もあり社会にとって必要とされる人たちが、次々と精神を病んでクリニックを訪れるからだ。加えて臨床経験も社会経験もない未熟な私が、患者の病態をアセスメントし、復職に向けた準備性を評価する職場環境にも矛盾や歪みを感じていた。評価することも、されることも嫌いな私には苦痛の日々だったが、生活のため、そして僅かなプライドのために必死にその環境にしがみついた。

 

 そんな折、目に飛び込んできたのが、この本の「日本探偵小説三大奇書」「これを読むものは一度は精神に異常をきたす」というキャッチコピーだ。購入への躊躇いは、自らの病理と向き合う葛藤からくるものだったと思う。いっそ狂った方がこころの病やその複雑さを理解できると思い合理化したが、今思えば自傷行為に近かったのかもしれない。

 内容については読んで体験するほかないのだが、過去と現在、空想(夢)と現実、私とあなた、これらの境界が崩れ、ぐちゃぐちゃになる。本を閉じると、私が私とは違う誰かのように感じ、恐ろしくなる。そして、その狂気の世界から生き残ろうと、こころが反応する。文章に刺激されて蠢くのは、私の中に確かにある病理性や倒錯性の類なのだ。「反復強迫」「倒錯」「解離」「世代連鎖」「治療共同体」「遺伝負因」といった専門用語が頭をよぎり、一見その世界を理解したかのように体験されても、こころの動揺は治まらない。それは、セラピーやグループの中で体験される転移・逆転移感情のようであり、その世界に巻き込まれ、大きく混乱する。ひとつの解はない。治療関係の中で「私」を保つことは、セラピストやコンダクターの中心的な仕事のひとつと考えられるが、この本は、読者のその力が試されるように思う。

 

 さて、この本の「私」とはいったい誰なのか、揺さぶられる「私」という感覚は何なのか。謎だらけで面白いが、読むことは自己責任でお願いしたい。

 「スカラカ、チャカポコ、チャカポコ・・・」

 その世界に魅力を感じ紹介文を書いている私は、どこか狂っているのかもしれない。

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