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ケアをすることの意味

~病む人と共に在ることの心理学と医療人類学~

著者:アーサー・クラインマン+江口重幸+皆藤章

Recommended:藤澤希美

出会いと馴れ初め

大学院生時代,私は「病いの語り」の著書であるアーサー・クラインマンの来日公演に参加したのですが,意識は旅に出てしまったようです。“しまったぁ”と思い,定期的に彼の本を調べていると,その時の講演内容が記された著書が発売されたことを知り,すかさず手に入れました。

誰にお薦めなのか

 グループの中で「治療(cure)」もいいが,「ケア(care)」も重要と思っている人です。グループは治療でありケアであるというのは私が先人たちのグループに参加して感じたことです。

お薦めポイント

 グループでその人が語ったことは,その人の生きてきた文化の影響を受けているという見方を本書は与えてくれます。そして,グループの中で自分とは異なる思想をもつ人の「語り」を聴いた時、自分はその語りをどのような立ち位置で聴いているのか?自分自身に問い直すモラルトレーニングのためにも役立つと思います。

感想

「なるほど。どうして人は困ったときに非科学的なことを実践するのだろう?と思っていたが,その意味がわかった気がする」です。

私は看護師でありながら,患者さんに“なんか憑いている”と言われるとそれを信じて背中を祓うことがあります。医学的には幻覚・妄想といわれるものですが,背中を祓うと患者さんは癒しを得て,冷静になっていきます。

このような非科学的な行動の背景には,私がもっぱら神社に行き祈り,お寺に行きお経を唱える文化をもつ家庭で育ったことが影響しています。

本書を用いると,患者さんのいう“憑いている”を「今,ここにある病いの体験」として受け止め,祓うことを「ケア」と説明することができます。非科学的な行動もケアになりえることを知り,私は自分の生きた経験を活用している気がして嬉しくなりました。

印象に残ったフレーズ

p76『ケアをすることは典型的な道徳的・人間的実践となる。ケアは共感豊かな想像的実践となり,責任を果たす営みとなり,証人であろうとすることになり,そして途方もない窮地を生きる人びとと結束しようとする実践になるのである。このような道徳的・人間的実践を通して,ケアをする人,そして時にはケアを受ける人さえもがより現実に根を張る存在となり,そうしてまったき人間になるのである。』

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